Shota’s Movie Review

2003年から「CDジャーナル」誌(音楽出版社 刊)に掲載されてきた映画レビューを再録しています。

アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル

これは実話でなければ“絵空事にすぎる”と脚本をボツにされるパターン。
94年、リレハンメル五輪の選考会となる全米フィギュア選手権で、練習を終えた大本命のナンシー・ケリガンが何者かに襲撃され、膝を殴打されて大会を欠場。一方トーニャは優勝を果たした。
当時からトーニャ周辺の関わりが囁かれ、後日の裁判でも裏付けられたこの「ナンシー・ケリガン襲撃事件」を本作は、トーニャの歪んだ母子関係や、労働者階級としての生活をベースに描く。
当時は世界中がトーニャの敵だったが、今では少しだけ同情もする。

【CDジャーナル 2018年12月号掲載】

ウインド・リバー

白人により極寒の居留地に押し込まれてくらす米国先住民。ある雪の深い夜に一人の少女が裸同然で雪道を逃げ、冷たくなって発見される。
死んだ少女は実は他にもいたが、訪れたのはFBIの若い女性捜査官ひとり──。
雪の強い閉塞感。社会からの隔絶感。そこでは女が虐げられる。監督・脚本のテイラー・シェリダンいわく「ガンより殺人による死亡率が高く、強姦は少女にとって通過儀礼だと見なされるような場所」。
三者が“もう済んだ過去”と見捨てがちな居留地も強姦も、当事者にとっては“身を切るような現在”だ。

【CDジャーナル 2018年12月号掲載】

彼の見つめる先に

まだ女の子のほうが少し背が高い、思春期の真ん中あたり。
盲目の少年とその幼馴染の少女の関係がひとつ前に進もうとしていたころ、その間に割り込む形で、ひとりの転校生がやってきた。
親に内緒のパーティや真夜中のプール、初めてのキスへの期待や不安。
目が見えないだけに強調して感じられる他人の体温や匂い、息づかいの音は、観客にも伝わってくる。
視覚障害や少年と少年の恋というやや特殊な題材をとりつつ、誰もが共感できる普遍的で優しい青春映画となった。
いつの間にか嫉妬に囚われている少女が切ない。

【CDジャーナル 2018年12月号掲載】

女は二度決断する

家族を理不尽な理由で殺されたら、自分はどういう行動に出るか──誰しも考えたことがあるのではないか。
舞台はドイツ、ハンブルク。主人公の女性はトルコ系移民である夫と結婚し、6歳の息子とともに幸せな生活を送っていた。しかし外国人排斥を正義だと信じるネオナチの若い男女により、ある白昼、夫と息子は突如爆殺されてしまう。
夫に薬物犯罪の前科があったことも災いし、司法の判断は彼女の傷口に塩を擦り込むようなものだった。
ダイアン・クルーガーの胸が締め付けられるような表情、カンヌ主演女優賞も納得。

【CDジャーナル 2018年11月号掲載】

ワンダー 君は太陽

奇形を持って生まれ、顔に数々の深い手術痕を持つ少年、オギー。
人前に出ることをはばかって家庭学習を続けていたが、母親の決心により、彼は一般の小学校に編入する。
想像どおりゾンビだ怪物だと色眼鏡で見られる本人の心情は見ていて身を切られるようだが、本作では、その周囲の人々の心の影にも焦点を当てる──何事も弟優先で、いい子でいるしかない姉。大人たちに頼まれ、オギーの親友として振る舞う少年。
だが全体としてはユーモラスで優しい作品に仕上がったのは、オギーの茶目っ気と芯の強さのおかげ。丁寧な良作。

【CDジャーナル 2018年11月号掲載】

フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法

タイトルの“Project”とは貧困層向け共同住宅の意味で、フロリダ・ディズニー・ワールド近辺の安モーテル街が舞台。無邪気というよりは邪気満々の小憎たらしい子どもたちの目を通して、小さなズレが積み重なる米国社会を見て取らせる。艷やかなのにどこか色褪せ、夢と失望を同時に感じさせる街や建物の色彩が印象的。厳しい顔をしながらも子どもたちを見守る老管理人役をウィレム・デフォーが好演。監督は、全編iPhone撮影でトランスジェンダー娼婦の日常を描いた『タンジェリン』のショーン・ベイカー

【CDジャーナル 2018年10月号掲載】

君の名前で僕を呼んで

頭や手足を欠損したギリシャ裸像がかえって官能的に映るように、けっして結実しない恋はその不完全さゆえに美しく見える。1983年の夏、学者の父と北イタリアの避暑地を訪れた17歳の少年。父が呼び寄せた24歳の大学院生と生活をともにするうち、少年は自分の性を制御できなくなる。ガールフレンドとはセックスできても、互いに牽制し合って成立しない青年と少年のセックス──。『眺めのいい部屋』『モーリス』監督のJ・アイボリーが脚色を担当、米アカデミーをはじめ各国映画祭で軒並みに脚色賞を受賞。

【CDジャーナル 2018年10月号掲載】