Shota’s Movie Review

2003年から「CDジャーナル」誌(音楽出版社 刊)に掲載されてきた映画レビューを再録しています。

阿修羅のごとく

 夜中に電話が鳴る。手に取った受話器が今のケータイより大きい。あの頃は、夜中でも電話のベルの音を消せなかったことを思い出す。そうだ昭和のあの頃、風呂に入っても髪を洗わないことは珍しくなかったし、クリーニング屋はご用聞きに回って来ていた。
 向田邦子が日常から切り取る風景はあまりに的確にその時代の生活を象徴していて、だからこそ今との違いが際立つ。そして、今も昔も変わらないものが、見る者の目の前に突きつけられる──「女」「人間」「家族」。
 何十年と連れ添った夫に愛人がいることを知りつつ、平然と白菜を漬ける母。未亡人の長女は、妻子ある男が家を訪ね来るのを少女のように楽しむ。次女は子供の参考書代だの定期預金の満期だのを気にしながら、夫の浮気を黙殺しようとしている。三女は男に対して不器用な自分に苛立ちつつ一人用の炊飯器で飯を炊き、一見奔放そうに見える四女は、夢を追うボクサーを一途に支えようとする。誰もが穏やかな表情で日々の生活を営み、その中でふと、阿修羅の顔になる。女が本当に怖いのは、泣き叫んでいるときではない。
 五人の女がそれぞれのやり方で男を思う様を交錯させ、その内側に粘りつくようなものを淡々とあぶり出したこのドラマは、昭和54年1月に全三話のNHK土曜ドラマとして放映された。今も女優として色褪せない加藤治子八千草薫いしだあゆみ風吹ジュンという面々が四姉妹を演じていることも含め、間違いなく向田邦子の最高傑作の一つである。好評を受けて翌年1月からは「パートII」全四話が放映され、7月に向田邦子は作家として第83回直木賞を受賞。そして翌56年8月、航空機事故でこの世を去った。
 この秋、大竹しのぶ黒木瞳深津絵里深田恭子が四姉妹を演じた映画版「阿修羅のごとく」が公開され、またドラマのパートIIは今年12月にDVD化される予定である。死んで20年が経ってもなおその才能を惜しまれ続けている作家は、他にそういないはずだ。

【CDジャーナル 2003年12月号掲載】