Shota’s Movie Review

2003年から「CDジャーナル」誌(音楽出版社 刊)に掲載されてきた映画レビューを再録しています。

ばかのハコ船

 「トレイシー・ローズ」という名を聞いて、「……ああ!」と、古くて青臭い記憶が甦ってくる人は少なくないのではないか。80年代後半に全国的に裏ビデオが出回った、アメリカのポルノ女優の名前である。田舎の高校生がバイトの先輩を拝み倒してダビングさせてもらい、ガサガサに荒れた画像を学校の友達と回し見して──筆者の周りだけかと思っていたが、聞けばその頃、日本各地でそんな光景があったらしい。
 と大きく取り上げてみたものの、その「トレイシー・ローズ」は、本作では単なるファッション・ヘルスの店名である。登場人物の一人が勤める店の看板に見えるだけ。だが、ひなびた町の風俗店が「トレイシー・ローズ」と名を付けるそのベタなリアリティは、映画全編にわたって発揮されるのである。そしてそのリアリティが時に痛々しい。
 東京で自分たちが開発した健康飲料「あかじる」の自主販売に失敗し、借金を抱えてしまった男と、その恋人。愛想もなく要領も悪い二人だが、それ以外にすべきことも見つからず、男の故郷に戻ってこの事業を立て直そうする。薄っぺらな東京弁の営業トークで「あかじる」を売り込もうとするものの、地味に生活している地方の人間には通用するはずもない。結局なにもない田舎の片隅でダラダラとした時間を過ごす二人、そしてその周囲のしみったれた人間たち。皆が皆、誰もが身に覚えのあるダメっぷりである。
 監督はつげ義春リアリズムの宿』の映画化で注目される山下敦弘。22歳の若さで撮った『どんてん生活』では、「日本のカウリスマキ」とも称された。観客が「痛々しい」と感じるのも無理はない。「東京」とか「夢」とかの上っ面をはぎ取った後の生々しい現実を描くのが、この監督の真骨頂なのだ。
 青春のまっただ中には想像もしなかったような失敗の連続、これが人生。痛々しさを感じた後に、ふと憎みきれないおかしさが湧いて出てくる。

【CDジャーナル 2004年04月号掲載】