Shota’s Movie Review

2003年から「CDジャーナル」誌(音楽出版社 刊)に掲載されてきた映画レビューを再録しています。

ロバート・イーズ / ROBERT EADS

 かつてアメリカで、同性愛者たちがよく使っていた標語がある。"We're Queer, Get Used to It!"──「ぼくらはオカマ、認めろとか分かり合おうとかは言わない、ただ慣れてくれ!」。

 その同性愛者たちは、少なくともアメリカではすでに一般的な存在となったが(同性婚の是非が大統領選の争点にもなる世の中だ)、その次にやっと、自分の存在を主張する順番が回ってきた人たちがいる。自分の意識とは逆の性で生まれてきた「トランスジェンダー(TG)」や、その解消のために性転換手術を受けた「トランスセクシャル(TS)」たちである。

 本作は、女性の体で生まれてきた一人の男性の、初老の日々を撮影したドキュメンタリーである。 カウボーイハットにブーツ姿でパイプを吹かし、仲間に肉を切り分ける“彼”は、女性として二度の結婚を経験し、二人の子供を生み育てた後、35歳で性転換手術を受けた。しかし皮肉にも、体の中に残されていた最後の“女”、子宮が末期ガンに侵されてしまう。死が待ち受けていることを知りながらも、彼は同じTGの恋人や仲間、それに血を分けた息子や孫たちを愛し、気づかい続ける。

 出演者の一人が言っていた。この映画に出ることで、自分を正義だと思い込んだ連中が襲ってきやしないかと怖い、と。保守的な南部の土地柄で、あり得ない話ではない。それでも彼らがカメラの前に日常をさらしたのは、「慣れてもらうためには、誰かがやらなければならない」と知っていたからだろう。

 そこに映っている男女は、確かにある意味“異形”である。異形、すなわち、目に慣れない人々。しかし、私たちは慣れるべきなのだろう。やっと獲得した平穏な日々を犠牲にしつつ、顔をさらして“先導者”となる人々。その男らしさに、少なくとも私たちは敬意を払わねばならない。

【CDジャーナル 2004年09月号掲載】