Shota’s Movie Review

2003年から「CDジャーナル」誌(音楽出版社 刊)に掲載されてきた映画レビューを再録しています。

誰も知らない

 小さな2DKのアパートに置き去りにされた4人の兄妹の物語である。それぞれ父親の違う4人は、出生届も出されておらず、学校にも行かせてもらえない。だが当初描かれるのは、そう聞いて思い浮かぶような荒れた家庭ではない。引っ越しの日にはみんなでソバを食べるし、箸の使い方もちゃんとしている。大好きな母親を慕い、笑い声の絶えないその生活は、幸せそうにすら見える。YOUの演じる母親は確かに幼稚だが、しかし善人だ。

 だが、善人の中の小さな欠陥、わずかなボタンの掛け違いが、一家の進む道を緩やかに狂わせていく。しっかり者の長男に「みんなのことよろしくね」と言い残し、母親が新しい男の元に去ってしまうのだ。そこに重大な悪意はなく、ただ、今までの“少しだけ歪んだ生活”の延長のつもりだったのだろう。

 この映画では、最後まで誰も泣き顔を見せない。淡々と進行するだけの日常が、かえってこの悲劇の現実感を裏支えする。

 88年に巣鴨で起こった実際の事件を下敷きにしているが、当時新聞報道を見た誰もが思ったことだろう、「なぜ他の大人が気づいてやれなかったのか」と。是枝監督は、その答の一つを差し出したのだ。もちろんこれはフィクションだけれど、こんな日常の積み重ねで、あの事件は起こりうるよと。現実の事件は、映画よりさらに複雑で悲しいものだった。母親は兄妹の他にもう一人の男児を産んでおり、病死したその子をの遺体をずっと押入に隠していた。子供による子供の虐待という、映画にはない悲劇もあった。が、監督はそういった複雑性を取り除き、“善人によるゆるやかな虐待”の存在を明確にした。

 柳楽優弥の気丈な眼差しが心に残る。無責任な大人たちの中、唯一自分の役目を果たそうとする14歳の少年。他の3人の子役も、それぞれの表情が脳裏に焼き付く。そして、今もどこかで生きているであろう現実の兄妹──その幸せを、心から願う。

【CDジャーナル 2005年03月号掲載】