Shota’s Movie Review

2003年から「CDジャーナル」誌(音楽出版社 刊)に掲載されてきた映画レビューを再録しています。

トゥモロー・ワールド

 西暦2027年、人類は静かに終焉へと向かっていた。突如すべての人間が生殖機能を失い、全世界で一人も子供が生まれなくなってから、すでに18年が過ぎていた。原因は不明。未来を見失った人類は無気力に陥り、文明は発達をやめ、世界各地は自暴自棄な暴力と無秩序が蔓延している。唯一イギリスだけは、徹底した国民の管理と移民取り締まりによって秩序を保っていたが、そことて無気力な社会であることに変わりはない。政府によって睡眠薬と自殺薬が配給され、ただ安らかに生きるか、あるいは安らかに死ぬことが推奨されている。

 そんな中、エネルギー省に勤めるセオという男が、反政府組織に拉致された。組織のリーダーは彼の元妻。彼女は、ある不法移民の少女を保護し匿うために、官僚であるセオを利用しようとしていた。最初困惑していたセオも否応なしにその活動に巻き込まれ、さらにはその少女の持つ秘密を知ることに──。

 英ミステリー界の女王P.D.ジェイムスの原作を『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』のアルフォンソ・キュアロン監督が120億円かけて映画化。“発達することを諦めた社会”の陰鬱な風景をリアルに描き、骨太なストーリー運びと相まって、緊張感あふれる近未来サスペンスとなっている。特筆すべきは、冒頭から何度かある“超・長回し”のカメラワークだ。ともすれば製作者側の自己満足に終わりそうなものだが、本作においては目を見張るほどの効果。物語の中と外が同じ時間軸を持つことにより、息を呑むような迫力を生んでいる。

 しかし、人はいつか必ず死に、人類はいつか滅びるということは、誰もが知っていること。知っていながらとりあえず意識の外に置いて、ぼくらは日々を暮らしている。それを直視させられただけで、こうも寂寥感が迫り来るものなのか。

【CDジャーナル 2007年05月号掲載】