Shota’s Movie Review

2003年から「CDジャーナル」誌(音楽出版社 刊)に掲載されてきた映画レビューを再録しています。

ヒトラーの贋札

 個人の贋札づくりはショボい資金稼ぎが目的だろうが、国家ぐるみの通貨偽造は“経済兵器”となりうる。相手国の通貨の信頼を失墜させ、国民経済を混乱させる。旧日本軍も中国通貨を偽造した。北朝鮮が米ドルを大量に偽造して云々、という噂は今も根強い。

 そんな中でも“史上最大の贋札事件”として知られるのが、ナチスが英国経済の攪乱を狙ってポンドを大量偽造した“ベルンハルト作戦”だ。戦後、59年にオーストリアの湖の底で発見された大量の偽ポンド札とその原版により、隠密作戦は歴史の闇から表に出た。

 本作は、その通貨偽造作戦に実際に“従わせられた側”の回顧録に基づく物語である。そう、ナチスは、通貨偽造を収容所の中で、囚人のユダヤ人技術者に行わせたのだ。失敗したら殺せばいい。口封じも、殺せば済む。

 集められたのは、もともと贋作師だった主人公に加え、絵描きや印刷技師などの専門家たち。言われるままに贋札をつくると、敵を利することになる。しかし協力しないと、殺される。その両極の揺らぎの合間で、それぞれの人間は、違った行動に出た。信念に従ってあくまで反抗する者、あえておもねる者。おもねったフリをする者。ナチスという巨敵の前で、わずかな味方であるはずの人間が、心をバラバラにしてしまう。さらには塀を一枚隔てた向こう側には、痩せ細り、ガス室に送られるのを待つだけの同胞たちがいる。囚人とはいっても、自分たちには清潔なベッドがあり、食べるものもある──同胞、味方であるはずの人間たちの中で起こる軋轢。

 邦題は『ヒトラーの贋札』だが、ヒトラーのような大層な人間は一人も出てこない。ナチスの小役人や、いつ殺されてもおかしくない囚人たちの、矛盾と葛藤の物語だ。もし自分がそのどれかの立場だったら、どういう行動をとるだろう──考えても詮ないことだ。が、彼らもそんな状況に陥る数年前まで、同じ感覚だったことだろう。

【CDジャーナル 2008年08月号掲載】