Shota’s Movie Review

2003年から「CDジャーナル」誌(音楽出版社 刊)に掲載されてきた映画レビューを再録しています。

ぐるりのこと。

 結婚にしろ同棲にしろ、最初の数ヶ月は“互いの些細な常識”の摺り合わせで、消耗戦のようになるもの。洗ったコップを上向きに置くか下向きに置くか。ガスの元栓は毎日締めるか締めないか。どのカップルも、そんな身のまわりの小さなことでぶつかり合い、ケンカしながら妥協点を見つけていく。

 本作で描かれる夫婦、カナオと翔子も同様。カナオは職を転々とするいいかげんな男で、流されるように法廷画家となる。翔子は出版社勤務で何事にも几帳面。「カレンダーに×を付けた日はする日でしょ!? 約束したでしょ!?」とセックスを義務化する妻と、「そんなになんでも決められたら、勃起できなくなる……」としょんぼり異議を唱える夫。夫は性欲を高めるために「そうだ、口紅してよ?」と提案して妻に怒られ、さらに“違う穴”で試そうとしてまた激怒される──ぎこちないなりに、幸せな夫婦だった。

 ところが妻は、せっかくできた子を死なせてしまったことをきっかけに、少しずつ精神の均衡を失っていく。ある日妻が狂ったように爆発し、几帳面だからこその“ちゃんとしたかったのに、ちゃんとできなかった罪悪感”で泣き叫ぶシーンは、涙を誘った。それを無骨な言葉でなだめる夫の姿にも。

 90年代初頭からの約10年間を描く本作は、夫婦のあり方の変化と同時に、法廷画家の夫の仕事から、時代を象徴するさまざまな事件を背景に織り込む。オウム事件、幼女連続殺害事件、小学校無差別殺傷事件など。法廷シーンで見る犯人らは、理解を拒むように異様。逆に最初ぎこちなかった夫婦は、10年の歳月をかけてお互い老けつつ、理解し合い、柔らかな一つの形にまとまっていく。

 心がゆっくりと無機質に壊れていく様子の描写がうまい。橋口監督、6年前の前作『Hash!』が大好評になった直後から、鬱病に苦しんでいたのだそう。なるほど実感がこもっていて、視線が温かい。

【CDジャーナル 2009年03月号掲載】