Shota’s Movie Review

2003年から「CDジャーナル」誌(音楽出版社 刊)に掲載されてきた映画レビューを再録しています。

アキレスと亀

 たとえばわざとクセのある筆文字で、安い人生訓を書き殴った“芸術”。幻想的なイルカやクジラを大量印刷し、環境派を気取った“芸術”。キャッチーなキャラクターやロゴを並べただけの、新感覚な“芸術”。すでに名声を得ている芸術の中にも怪しいものはいくらでもあるが、世界が絶賛する北野監督の芸術も、実は評価が難しい。作品ごとにバラツキもあり、好き嫌いも分かれる。誉めるのにも貶すのにも勇気がいる。

 そんな北野監督の14作品目となる本作は、『TAKESHIS'』『監督・ばんざい!』に続き、彼が自身を客観視し、その芸術観や世界観をある意味露悪的に表現した作品だ。劇中に登場する絵画はすべて監督が描いた。“高名な画家の高価な絵”や“売れない画家の駄作”“幼い子どもの純朴な才能”“若気の至りの新進芸術”など、劇中ではさまざま評価を受ける絵画が、実は全部同じ人間の作品──このあたりの逆説的な舞台裏は、監督一流の遊び心でもあろうし、彼自身の“芸術への評価ってなんだよ!?”という反抗心の表れでもあろう(ポップ・アートを彼なりにパロディ化した作品群には、思わず苦笑)。

 裕福な家庭に生まれた少年真知寿は、両親の破産と自殺による転落のあとは、大好きな“芸術”だけに向き合って生きる。結果、彼は甲斐性なしで世間知らずの大人に育った。唯一の理解者だった妻にも見捨てられた末、彼に残されたものは──。

 “アキレスと亀”というのは、数学をある程度分かったような気になった人が騙されるパラドックスである。この“分かったような気に”という部分が、北野監督が観客に突きつけたい痛みなのではないか。分かったように観て、分かったように批評し、分かったように値段を付ける──それに反逆したい北野武の、これは切ない闘争なのかも知れない。

【CDジャーナル 2009年04月号掲載】